受託開発、いわゆる持ち帰り開発案件ってどうなの?
■開発(受託)側の視点
開発側(受託側)から見て、受託開発への嫌気は非常に高まっているでしょう。
特に優秀なエンジニアほどそう。
(だから自社サービスをやりたがる受託会社が多い)
なぜ?受託開発において、優秀なエンジニアの役回りを考えれば分かる。
・優秀なほど、非常に重要な部分の開発を任され、ストレスが非常に高い。
・できないエンジニアの尻拭いに非常に時間をとられる。
特に後者は、結果としてクライアントになんら評価されない、自爆タスクであり、モチベーションも当然あがらない。
責任感だけで全うする仕事です。
そしてそれは、優秀なエンジニアがいても、プロジェクトのアウトプットとしては平凡なものになるってことに繋がる。
優秀なエンジニアのスキルが、「高いアウトプットを出す」ことではなく、「事故をなくす」ことに費やされる。
それ自体は、企業あるいはプロジェクトチームという組織の価値観からは、間違っていない。正しい選択。
ぶっちゃけ、チャレンジングな仕事しても、受託金額が変わるわけでもないし、リスクをヘッジするほうが利益が上がる。
・・・でもそんなのばかりで楽しい?
■発注側の視点
発注金額に対してクライアント企業の満足度が上回ったケースはどれだけあるだろう。
もちろん、満足度が低くてもすべてが受注側の責任とはいわないし、責任を論じてもツマラナイ。
でも、事実として、少なくとも僕の主観としては、期待値を超える仕事をあまり見ていない。
そりゃそうだ、上記のように、受託側は20%の確率で120点の評価を得るより、90%の確率で65点の評価を得る方に重きを置いてるからね。
いや、もちろん、ぶっ飛んだことやってブランディングしよう、という案件はあるよ。
TVに比べりゃ圧倒的に安い額で遊びましょう、みたいな。
あわよくばAWARDとろうぜー、みたいな。
そういうのは単純に楽しいと思う。
でもそういう案件がメインストリームじゃないしねー。
■つまり
受託側も楽しくなく、発注側も満足しない案件がいっぱいなわけです。
この受託側の守りと発注側の満足度の低さは、鶏か卵か。スパイラルです。
でもどうなんだろうね。
ダメなエンジニアの尻拭い、というタスクがなくなると、実はみんなHappyになるんじゃないか、とも思う。
パレートの法則を裏返すみたいだけど、20%のダメな人をフォローするために、バッファの80%を使ってると思う。
これがなくなれば、いろいろチャレンジできるんじゃないだろうか。
そしてそれは、クライアントの満足度を上げる確率が高いんじゃないだろうか。
しかし、そうならないのはなんでだろうね。変な平等意識かな。
実力やアウトプットと比較して、エンジニアの単価って、分散が少ないよね。それが諸悪の根源な気がしてきたぞ。
ダメなエンジニアでも売上が上がるから、尻拭いがなくならないんだな。
実力にあったお金をもらうのが平等?実力関係なく同じ金をもらうのが平等?
もうさ、いいんじゃね?できる人に倍払って、人員半減させて。アウトプット、変わらないどころかあがるよ!?
社会の総和としての幸福度は下がる気もするが。