発注側と受注側とエンジニアと。

いま、システム開発の新しいスキームを描けないか色々考えているんだが、そのなかでふと気付いたこと。
エンジニアは、受託会社の社員ね。

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発注会社:ごちゃごちゃいわないで早く作ってよ。ある程度できないと分からないよ。
受注会社:要件定義しっかりしてからじゃないと手戻り多いし、発注内容FIXしないよ。
エンジニア:都度見積りとか面倒だし、作りながら考えたいなぁ。
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発注会社:新しいことにチャレンジしないと競合に勝てないよ。
受注会社:新しいことはリスク多いし、枯れた技術で儲けたいなぁ。
エンジニア:新しいことどんどんやってみたいよ。
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発注会社:開発費の15%〜20%が保守費って高い。固定費下げたい、自社で運用したい。
受注会社:1回納品すれば他社は入れないし、保守は安定して儲かるよね。
エンジニア:飽きてきた。早く次のサイトやりたいなぁ。
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あれ?発注会社とエンジニアって、利害一致してね?
発注会社と受注会社、受注会社とそのエンジニアって、利害が相反してない?
てか、受注会社がネジレを作ってない???

ま、ふと思ったことでした。

チームラボについて考えた

7/15の情熱大陸で、チームラボ代表の猪子が特集された。(呼び捨て失礼。。。なんか、「さん」つけれないんだよねw)
朝生やTVタックルの猪子はまるで興味がなかった。でも情熱大陸ならメディアの変なバイアスがあまりかからなそうなので、録画して見ました。

そこで、退職以来、めんどくさくて考えてなかったんだが、チームラボについてちょっと考えてみたよ。
僕はチームラボを退職して丸6年になるし、その間も進化し続けているだろうから、良くも悪くも現状と違うかも知れない。ま、それは承知で。

チームラボの特異性は、メディアで色々言われてるけど、本質的には下記だと思う。
「本気を出せる、本気を出すことが必須な組織」
「本気を出すときに、社員が出したい方向と、会社が求める方向が近い組織」

どういうことか。
誰も言わないんだけど、社員が本気を出せる、本気を出したい会社っていうのは、実はあんまりない。
まずこのことを認識すべき。

仕事したいのに、コスト削減で残業できなかったり、No残業デーでむりやり帰らされたり。
仕事したいのに、コミット率が増えるとプロジェクトのコストが増加するから、あんまり好きなプロジェクトに稼働時間をつけられなかったり。
いろいろ試したいんだけど、社内統制等の名のもとに、活動が制限されたり。
何かしようとすると、その実行よりも、上司との調整(承認)にエネルギーを費やさなければダメだったり。

ま、会社側からすると当たり前と思われるかもしれないけど、冷静に考えれば上記の事項って、ほんとアホらしいよね。
理屈うんぬんではなく、もう、直感的にアホらしい。理論武装するまでもない。

チームラボはどうか。
上記みたいなくだらないことはまずない。と思う。というか、少なくとも以前はなかった。
もっと頑張ろうよ、本気でいいもの作ろうよ。そういうベクトル。

人って、本気出したいのに出せないと、ストレスが想像以上に蓄積されていくんだよね。
叫びたいのに叫べない、みたいな感じ。
それがない。少ない。これがチームラボの最大の特異性だと思う。

また、超厳しいノルマとか課せられて営業する、みたいな、強制的に全力を出さざるを得ない、という環境とも違う。
本気を出すことでプロジェクトに貢献し、それが世に出る。そのことで自己顕示欲が満たされ、自己表現が達成される。
自分の頑張りたい方向と、会社が求めている方向がなんとなく似ているから、やらされている全力じゃなくて、能動的な本気。
これも社員にとってはよいこと。で、これをできている会社っていうのも少ない。

と、ラボを持ち上げてみたが、敢えて落とすつもりもないんだが、なぜ他の会社はこうならないのだろう。
それは、これらのラボのやり方が、(特に短期的には)利益を高めるものではなく、利益を下げるものだから。
はっきりいえば、こんなやり方しない方が、利益は高くなる。そうすれば当然、給料も高くなる。

チープな言い方をすれば、利益と労働環境のトレードオフ。
日本の優秀な方々は結構、ラボ的なバランスを求める人が多いんです。だから成り立っている。成長しつづけている。

ただし、ラボでも個人レベルでみると、このバランスが崩れていく人もいる。そうすると優秀でも辞めていく。
例えばより多くの社員が本気で頑張れるようにするために、マネジメントレイヤーは自分の頑張りたい方向と違う、変な中間コストが高くなったり。
そうすると、会社全体はともかく、その人はバランスが崩れちゃう。まぁ、それはやむを得ないことでもあると思う。ある意味それも、新陳代謝。

と、まぁ、つれづれなるままに書いてみました。

余計なお世話かもしれんが、ラボがもっと良くなるとしたら。
新しいものを生み出す力は圧倒的なんだけども、それを生み出す過程、プロセスでもっと革新的ですごいものが作れるといいんじゃないかな。
ま、それをできる人はこの業界、圧倒的に不足していて、どこも探しているんだけど。

なお、僕自身としては、ラボでまた働きたいという思いは全くないです。ラボが嫌いな訳じゃないよ。むしろ好き。
じゃ、なんでか。抽象的なんだけど。
大事にしている項目、実現したいこと、というのは、多分大差ない。でも優先順位が異なる。そういう感じ。
そしてそれは、自分で会社をやれる人には結構クリティカルだったりする。

いま一度、原発について考える。

原発、安全なのか?

きちんと運用すれば、正しく運用すれば、安全、、、かも知れない。
そう、「きちんと」、「正しく」運用したらね。

いい加減に運用したら、、間違いなく安全じゃない。

===
原発推進派、擁護派の方、ぜひ、どうやったら安全に運用できるのか、「こうすれば安全に運用できるから安心して!!」とどうしたら言えるのか、それに尽力してください。

原発は経済発展、経済活動に必要だ。
今止めたら停電などで逆に危険が大きい。
火力発電などの方が実は危険だ。
CO2はどうする、中東からの共有は安定なのか。

そんなの、、どうでもいいんです。議論すべきことじゃない。
火力やら自然エネルギーやらとの相対論なんてどうでもいいい。

どう考えても、今までの原発の運用方法、監査体制、もろもろ問題ありますよね?

国策として原子力が必要だ、というのであれば、どうオペレーションすればいいのか、我々が納得できるようなスキームを描くこと、そこに頭を使ってください。
経済価値うんぬんいっても、反原発の人は心に響かないよ。原発に対して、原発に関わる人に対して、不信の固まりですから。
必要なのは、原発の信頼を回復させることなんじゃないですか?

===
僕は、「日本」は世界でも希有なマジメな国だと思っている。
原子力ムラにしても、日本だからアレで収まっていると思っている。アレがワーストだとは思わない。

今までよりもよい、理想的なスキームは描けるだろう。そう、描くことはできる。
でも、実運用していって、完璧な絵がそのまま動くことはあり得ない。
現状よりはマシになるかもしれないけど、劇的に良くはならない。今までだって、日本人が真面目にやってきたことだから。
反省はするとしても、今までを卑下することはない。それは現実逃避であり、将来のリスクをポジティブに捉えるリスキーなマインドコントロールだ。

そう、もろもろ改善したとしても、他国よりはマシ、今までよりはよい、、、そういうレベルが限界だと思う。劇的に良くなることは、理想論の世界ではあり得るかも知れないが、現実論としてはあり得ない。
そう、その程度の改善で、原発の安全運用の基準に達するのか!? それこそが判断材料だろう。

僕は「No」だと思っている。原発に求められる運用スキルは、レベルが高すぎる。
理論に対し、現実は、実践は、必ず後手を踏む。

===
我々の良心と叡智を持ってしても、原発をコントロールするレベルまで、到達できない。少なくとも現状では。

なので、僕は、原発反対派です。
===

ただ、今すぐ原発を止める意味はあるのだろうか。疑問です。
あまり勉強していないのだが、たぶん、原発が止まっていても、地震やら津波でのリスクはあまり軽減しないのではないだろうか。違っていたらごめんなさい。

つまり、今すぐ原発を止めるメリットはあまりない(と仮定している)。
であれば、例えば1年なり2年なり期限を区切って、原発を稼働させる。その電力を用い、またそれによる電力会社の利益を用い、次のエネルギー施策を進める。
原発をなくすためのロードマップを感情に流されず、最適なものを優秀な頭脳を集めてしっかり構築する。

感情論が先走って、リスクが結局大きくなったら意味はない。

===
まとめると、僕の考えは下記でしょうか。
・原発を安全に運用するのは無理。
・近い将来に計画的に、脱原発をするべき。
・今すぐ原発を止める必要はない。

===
ちなみに、本当にどうでもいいんだが、原発推進の論理で、読んでいてイラっときたもの。

・期待値でいえば、原発はリスクが低い
いや、確率や期待値でリスクマネージをするのは本質がずれてますよ。そしたら保険なんて誰も入らない方がいいということになるでしょう。保険なんて期待値がマイナスだから商売が成り立っているんだから。
最大のリスクを、いかにヘッジするか、がマネジメントでしょ。

・原爆でも被爆で死んだ人は少ない
それは、被爆で死ぬ可能性が高かった、爆心地にいた方々は、熱線等で亡くなったからではないですか?

プロ意識と既得権益

初めてMacで投稿しますw

今日(2012年7月2日)、サッカーのオリンピック代表が発表された。
サッカーに限らずスポーツをみていると、プロや日本代表になる人ってすごいと改めて思う。

僕は東京六大学で野球をやっていた。プロ野球に行く選手を何人もみてきた。
才能はもちろん僕なんか比較するのも恥ずかしいのだが、努力の量でも勝てる気がしなかった。僕なりには限界まで頑張っているんだけども。

でもそんな彼らでもプロで成功するのは本当に一握り。

===
つい、彼らと今の自分の環境を比較する。我々の仕事もお金をもらっている以上、プロだ。

幸いにも、僕は仕事の才能には恵まれていると思う。努力も人よりできる。

でも。それは周りの人と比較してである。

僕もプロである以上、プロスポーツ選手とも比較すべきだ。
たまに自分に問う。大学時代に見ていた、プロになるやつらよりお前は努力しているか?頑張っているか?

仕事でプロと名乗る以上、それに恥じないだけのことをせねば。

===
その流れで思ったこと。

僕は既得権益が嫌いだ。ネットでビジネスモデルが一変するのをみると痛快。

でも、思う。

既得権益を作ってきた人たち、多くは団塊の世代で、戦後、日本を豊かにしてくれた人たち。
彼らは、今の僕ら、ロストジェネレーションとか言われる世代よりも絶対にハングリーに真面目に働いていたと思う。

そんな彼らが必死に築いてきた権益。それをひっくり返すには、相当の決意と努力が必要だ。

僕らの世代は恵まれている。食うにも困らず、親の必死の頑張りで、いい教育も受けさせてもらった。日本は超豊かな国になっていた。
そんな中で育ってきた我々が、親たちの世代を相手に、日本をこれだけ豊かにしてきた奇跡の世代に、戦って勝たねばならない。

もちろん、なんでも反目すればいいのではない。
でも、イノベーションは必須だ。
イノベーションを起こすと、既存の権益構造はひっくり返る。

当然、権益側は必死で戦ってくる。でもやるしかない。世代間もよきライバルだ。

===
違う職種、違う世代、ライバルはとっても強い。隣を見て自己満足しててはだめだ。
井の中の蛙ではダメだ。どんどんアグレッシブに行こう。

オフサイトでどれだけ仕事ができるのか

最近、ノマドワーカーって言葉が流行っている。
テレワークとかもそう。

特にエンジニアのような仕事はオンサイトでなくてもできるんじゃないかって、みんな思っているのもだろう。

というわけで、4月に試してみました。
9日間沖縄に行って、光回線が通っているマンションで実際に働いてみた。

結論からいうと、「条件付きなら何とかなる」。
まず、その9日間では、僕は2つプロジェクトを見ていたんだけど、そんなに業務に支障は出なかった。
Skypeで会議をし、メールを随時確認して、必要ならTELももちろん。

たぶん、ある程度コミュニケーションコストが掛からないチーム構成(クライアント、業務委託先含め)であれば、2週間~1ヶ月程度は、ずっとオフサイトでも何とかなる。
ただしプロジェクト自体がある程度、軌道にのってないと厳しい。

もしくは、意思疎通が容易で信頼できるメンバーが、クライアントサイト、プロジェクトの開発サイトにいるか。
ブリッジSEみたいな。

そうじゃないと、厳しい、というのが実感。

やっぱり顔を合わせて温度を感じないと意思疎通しきれないものがあるし、効率が悪い。
日本人は特に、行間読んだりが必要なので。

後は、やっぱりリスクの嗅覚は、オンラインでのコミュニケーションだけだと感じにくい。
これ重要。

ただ、逆に言うと、これらの条件が満たせば何とかなる。

例えばウチのメンバーがずっと沖縄や東南アジアにいて、クライアントは東京で、僕だけ2週間に1度、行き来するとか。
これはかなりイメージが沸くし、たぶん大丈夫。

中途半端に近いよりも、片道2,3時間とか半日とかかかる方が、みんな甘えないでいいかも。

ま、本当は超縦割りでいわれたことしかやらない、って決めちゃえば簡単にできるんだけど、それじゃ気持ちよく働けないんだよね。